重傷・イン・バルセロナ

ああ、ぼくは生きている。

私は辛いときにこそ生きている実感を得るものと信じている。これが正常なのか異常なのかはわからないが、そうなのだから仕方がない。2週間前、私は左手首の複雑骨折および靭帯断裂という重傷を負った。ここはスペイン・バルセロナ。異国の地で重傷を負うということは、精神的にも肉体的にもけっこうしんどいものである。その分、生きていることを強く感じたのだ。

私は通っているビジネススクールのサッカークラブに所属している。クラスやグループワークではなかなか存在感を出せていないが、昔取った杵柄(と言っても中学時代までだが)、サッカーにおいては意外と存在感を出すことができていると思っている。毎週練習に参加しているし、比較的しっかりした経験者であることもり、約30人のメンバーのうち堂々のレギュラーである。多国籍軍団の中でサッカーをプレーすることは、日本でエンジニアをしていてはなかなかできない貴重な経験だろう。正直、情けないことだが、サッカーでしか存在感を発揮できていないので、このクラブは学校生活において最重要ライフラインなのである。

さて、2週間前の土曜日のことである。バルセロナに拠点をおくビジネススクール対抗のサッカー大会が開催された。合計8校から12チームが参加し、我が校からは2チームが参加した。我々にとっては初めての大会であり、コーチやチームメンバーが学内で宣伝していたこともあり、まずまずの盛り上がりを見せていた。しかし、当日はあいにくの雨で、観衆はまばらだった。実は、このサッカー大会で活躍すればクラスでの存在感が増すかも、と淡い期待をしていたのである。とにかく、今の自分には自信が足りていない、この大会は自信を得るにはいい機会だ、と思っていた。今思うと、その力みが悲劇を招いた一因だったように思う。

午後3時、小雨の中ゲームが始まった。相手は巨漢が揃った、イカついチームだ。事実として、私は日本においてもフィジカル的にミニマム級で、ぶつかり合いでは決して勝負にならないことは明らかだった。しかし、目測を誤ったのか、浮かれていたのか、無謀にも巨躯のヒゲもじゃと競りに行ってしまったのである。結果は予想通りのものだった。私は紙切れのごとく宙を舞い、縦に一回転半して無残に地面に叩きつけられた。そして、運が悪かった。起き上がってすぐに身体の異変に気が付いた。左手首に激痛が走り、目を向けると手首から先が見慣れない位置にあったのだ。
「うわ、これやばいやつだ。超痛ぇ。」
心の中だったか、実際に声に出ていたかは覚えてない。それと同時に、世界から色がなくなっていく。脂汗がジワリとにじみ出る。コーチに交代を申し入れ、すぐさま退場した。プレイ時間はたったの5分だった。激痛に耐えながらも、頭は意外と冷静なもので、重傷であることは直感的に理解しつつも、
「大丈夫、大丈夫、たいしたことない。すぐ治る。余裕。」
と自分を落ち着かせるために自分で励ましの言葉をかけていた。コーチの奥さんが、介抱しつつ救急車を呼んでくれた。救急車が来るまで、1時間くらい待っただろうか。その間ずっと激痛である。朦朧とする意識の中、チームメイトやコーチが相手チームと言い合いをしているのを聞いていた。自分のためにこんなに感情をむき出しにして怒ってくれる人がいることに感嘆し、白黒の世界で一人ポロリと涙をこぼしたことを覚えている。現代社会において、人の感情に触れることがどれほどあるだろうか。

救急車が来た。救急車に乗るのは人生で3度目である。1度目は大学時代に尿路結石を患ってこの世のものとは思えぬ激痛で目の前が真っ暗になったときだ。薄れゆく意識の中、間違えて警察に電話してしまったことを覚えている。2度目は大学院時代、急性アルコール中毒でひどい頭痛に襲われたときだ。我ながら、くだらない理由である。そして今回、まさかスペインで救急車のお世話になるとは思いもしなかった。
救急車に揺られること約30分、ようやく病院に着いた。病院には、日本人のチームメイトが同行してくれた。非常に心強い。救急のはずなのに随分と待たされた。レントゲンを取るまでに約2時間、応急処置を受けるまでにさらに4時間以上は待たされただろうか。応急処置を受けるまでの間、痛み止めの処方すらない。6時間ほど、ひたすら激痛に耐えていたのだ。今思い返しても恐ろしい。なんのための救急なのだ、と憤ったがこれがスペインである。
なす術も無く、諦めの心境に到達した頃、ようやく応急処置を受けることができた。これもまた恐ろしい。まず、患部に麻酔を5・6本打つ。痛みを感じなくなったところで、親指に紐をくくりつけて天井から腕を吊り下げ、二の腕に重しをくくりつける。ありったけのパワーで患部をひっぱり、「ゴリゴリゴリ」と骨を正常な位置に戻すのだ。整形外科の専門知識は無いが、目を疑う恐るべき処置だった。ところで、麻酔とは素晴らしい。一時的でも、痛みを感じずにいられるのだ。この発明が人類を救ったと言っても過言ではないだろう。そうこうしているうちに、大会が終わり、チームメイト達がお見舞いにきてくれた。幸い、麻酔が効いていたため笑顔で対応することができた。育ってきた環境は違うが、本当に気持ちのいい奴らだ。なお、結果は残念ながら準々決勝敗退だった。

恐るべき応急処置の後に再度レントゲンを撮り、診断を受けた。結果として、左手首の4箇所の複雑骨折で、手術が必要とのことだった。(後の診断で、関節を含む複雑骨折および靭帯断裂という重傷だった。)ここで保険の適用範囲が問題となった。保険の内容次第でこの病院で手術するのか、別の病院で手術するのか変わるとのことだった。幸い、スマホに保険の契約書のデータがあったため、保険会社に連絡を取ることができた。ひとまず、この日に手術することはないので、後日、保険会社から手術をする病院、日程を調整するということで落ち着いた。留学や海外生活を志す諸君、保険はケチらず信頼できる商品を契約することを強くお勧めする。結局、その病院で診断書を受け取ったのは深夜3時ごろで、怪我をしてから実に12時間が経過していた。

ジンジンと鈍く痛む左手首。実にひどい一日だったが、ぼくは生きている。

 

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