MBAという選択

なぜMBA留学をしようと思ったのか。

 

MBA合格までの2年間、仕事以外のほぼ全ての時間を受験勉強に費やしてきた。「MBA合格」という目標が自分にとってあまりにも大きくて、合格した途端、自分の中の緊張の糸が切れてしまったようだ。MBAが始まってから約2ヶ月、勉学や課外活動に身が入らずうまくいっていないと感じる。本来のMBA留学の目的を見失ってしまっている気がする。今まで必死にしがみついてきたつもりだが、自分の無能さにもほとほと疲れてきた。心が折れて取り返しのつかなくなる前に、このMBA留学の本来の目的を思い出してみようと思う。

 

初めてMBA留学を意識したのはいつだっただろうか。

 

おそらく、大学院2年の時である。私は東京大学の生命系大学院に通っていた。研究はまあまあ面白かったが、生涯の仕事にするイメージが湧かず就職することにした。生命系は工学系と違い、技術職の就職が難しいものである。私は、大学のネームバリューにあぐらをかき、ろくな準備をしていなかった。当然、苦戦を強いられた。そんな中、私を高く評価してくれる企業が一社だけあった。日本たばこ産業(JT)である。JTは海外売上比率が50%以上のグローバル企業で、海外旅行が好きな私にとって、なんとなく魅力的だった。何人もの現役社員と会った。その中にロンドン・ビジネス・スクールのMBAホルダーがいた。彼は技術系社員だったが、ビジネスを学んだことによってテクノロジーと経営を結びつけることの重要性に気がつき、製造現場から改革に取り組んでいた。その話を聞いて、私の進む道は、「テクノロジー」、「経営」、「グローバル」の三要素の専門スキルを持つ、希少な人材になることだと思った。結局、JTから内定はいただけなかったが、今後のキャリアプランの礎となる考えを得ることができた。JTには今でも感謝している。

 

グローバルの舞台で、「テクノロジー」と「経営」を武器にイノベーションを起こす。

 

イノベーションとは、「異なる分野の融合によって新たな価値を生み出すこと」である、と私は考えている。イノベーションを起こすには、まずはテクノロジーを知らなければならない。そのため、私は外資系IT企業の老舗、「巨象」、アイ・ビー・エム(IBM)にエンジニアとして入社することにした。前段の経緯から、IBMに入社する前から経営を学ぶためにMBA留学をするということは念頭に置いていた。しかし、入社してから3年間は、ひたすらテクノロジーの習得や炎上するプロジェクトの対応に忙殺されていた。いつの間にか、MBA留学への思いは単なる憧れへと変わってしまっていた。入社3年目頃だったか、急にスランプに陥った。担当のテクノロジーやプロジェクトはニッチで広がりがなく、今後も興味を持ち続けられるか疑問を持ってしまった。この巨大組織でこのままエンジニアとして働き続けても、せいぜいラインマネージャーとして部門を管理するくらいで、グローバルの経営に関わることはできないということもわかった。つまり、先が見えてしまったのだ。このままでは自分は腐ってしまうという危機感を抱いた。この状況を打破するためには、劇的な変化が必要だと考えた。

 

あ、MBA留学しよう。

 

MBA留学への思いが再燃した。私は、取らぬ狸の皮算用が好きである。せっかく留学するのなら、文化的に成熟しているヨーロッパかな、学生の多様性もあるし。一年だと短いから長めのプログラムにしたいな。勉強だけじゃなく、住みやすくて、食べ物が美味しい、魅力的な街がいいなあ。ランキングも上位だとなおいいね。これだけ条件が多いと自然と候補は絞られるものである。そんなわけで、スペイン・バルセロナのESADE Business School MBAを第一志望とした。それから2年間、とにかく必死に勉強した。遊びも、飲み会も、恋愛も、時には仕事すらも犠牲にして準備をした。このような経緯で第一志望に合格し、今に至るのである。

 

そうだ、思い出した。ぼくは、グローバルな環境で、「テクノロジー」と「経営」という武器を手に入れ、将来イノベーションを起こせる人材になるためにバルセロナに来たのだ。こんなに立派な志があるじゃないか。未来への扉に手をかけているんだ、怠けている場合ではない。

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